2D animationAnimationPromotion ちきゅうのにわ ~この遊び場には地球があふれている。~(animation ver.) 2023 Only Image 子どもと地球の未来を育む、遊んで学べる施設「ちきゅうのにわ」のコンセプトアニメーション。 これからの地球を生きる子どもたちが、都市にいながら地球のさまざまな表情に出会える場所として制作しました。
AnimationLive actionShort filmStopmotion 鬼とやなり House Rattler 2018 ~, 2019 00:06:27 昔から、この国ではどこの家にも妖怪家鳴りが住んでいた。しかし、徐々に衰退していく木材建築の家々には、もはや耳の遠い老人たちしか住んでおらず、家鳴りの声も聞こえない。家鳴りは時々、それを寂しく思う。 本作の主人公は、日本の民間伝承に登場する「鳴家(やなり)」と呼ばれる数寸程度の妖怪で、昔から時々家の中で何やら不可思議な軋みなどの音が聞こえるのは、住民を驚かせようとする彼らの仕業であると信じられてきた。日本では、「家鳴り」しかり、古くから自分たちの住む家には見えない影の部分があることを信じて恐れ、それらを「鬼」と呼び、日常から遠いものとした。今では、この文化は廃れつつあり、かつて「鬼」を感じていた住民たちは年老い、明るい現代社会の影として、鬼の側に立場が逆転して生きているかのようだ。本作は、現代の社会から取り残されていく老人と民間伝承の生き物の姿を、影や光の効果を用意て描いた映像作品である。 とある過疎化の進んだ港町に住む、築80年の祖母の家を使って、実際に人形をその場で動かして撮影したアニメーション作品。その家は、80年と言う長い期間に多くの住民を受け入れ見送り、彼らが生活してきた痕跡が残っているせいか、私は家で家鳴りが聞こえるたびに「得体がしれない」ものがいる気配を覚え、幼心にいつも恐れていた。 本作は、かすかな自然光と影や、欄間から差し込む明暗を使い、日本家屋特有の、家の中の明るい場所・暗い場所の境界線を効果的に作った。光と影の狭間を移動する民間伝承の生き物を、あたかも本当に存在しているかのように、実際に人形を使って再現する試みた。人形の大きさをそのまま「やなり」のサイズ感として、人間のスケール感で撮影することは、私たちの日常とアニメーションの世界を混在させ、日本家屋に潜む不気味な存在の可視化させる意図がある。
AnimationArt workShort filmStopmotion ケアンの首達 The Spirits of Cairn 2017 ~, 2018 00:07:12 『ケアンの首達』は、若くして亡くなった子供が行き着くかもしれない、死後の世界を想像して作られた物語である。行き着く先は、喜びも悲しみもない天国と地獄の狭間にある世界であり、それは例えば”賽の河原”や”幼児の辺獄”など、様々な宗教に共通して存在している。主人公は、早くに亡くなってしまった事への後悔の念がありながらも、まるで残響のように感情だけを覚えているだけで、いつからその地にいるのかも、なんのためにいるのかも、その未練の正体もわからずにいる。地面に眠る数多の首を弔う作業は、どこまでも果てしなく続いて行く。 The Spirits of Cairn imagines a state of limbo which is the destination of those who die in childhood. The protagonist feels remorse about having died too young, but the emotion is just an echo and he has no idea how long he’s been there, why he is there, or the source of his regret. His work of interring the many necks buried below the surface continues without end.