五反田和樹

Kazuki Gotanda

五反田和樹

CONTACT
Belong to
株式会社シグノ
Profile
1981年 広島県生まれ
断片的で多層的な現実と不確かさを主題に、映像、コラージュ、アニメーションなどを用いた作品を制作している。
即断せず考え続けることや、一つの解釈に回収されない複雑さを重視し、異質な要素の接続や継ぎ目を残す編集を通じて、観客の多様な視点を受け入れる余白をつくり出すことを目指している。 そうした構成によって、現実を単に再現するのではなく、現実の中にある超現実的な感覚――説明しきれない違和感や重なり――がそのまま立ち現れるような映像を志向している。
現在はクライアントワークスの他、短編による実験的な映像制作に取り組みつつ、長編映画の制作を目指している。
Biography
2012
個展「ひとでなしの夜明け」@ヲルガン座廃墟ギャラリー(広島)
2013
ポストカードアート展「scopophilia」@4bid gallery(レスター・イギリス)
2014
個展「Scene Screen Script」@NSA(広島)
2015
個展「総天然色」@本と自由(広島)
2016
個展「WARP」@HOPKEN(本町・大阪)
グループ展「Virgin Babylon Art Works Exhibition」@Quiet Noise(池ノ上)
2017
個展「SHIFUZOU 畑にあるテレビに二階建ての動物が繋がれている」@本と自由(広島)
2018
グループ展「Summer Group Show 2018」@THE blank GALLERY(原宿)
個展「不時着するキマイラ」@FAITH(高円寺)
2019
グループ展「接続 UNITES」@Basement GINZA(銀座)
2022
個展「VACANT FRAME」@Gallery Conceal Shibuya(渋谷)
2025
個展「ZERO POINT」@Gallery G(広島)

Work

ファントムシータ『薔薇色の月』(OFFICIAL MUSIC VIDEO)
Music videoMVPaper craftStopmotion animation

ファントムシータ『薔薇色の月』(OFFICIAL MUSIC VIDEO)

2026
00:03:45
本作ではファントムシータの新曲を軸に、グループが持つ耽美さとダークさを前景化しつつレ・ファニュの吸血鬼譚『カーミラ』をモチーフとし、ゴシックな短編映画のような世界観を立ち上げようと試みました。 生きている間に一度は吸血鬼ものを撮りたいと日頃から考えていましたが、プロデューサーのAdoさんより頂いたメモ書きに『カーミラ』とあり、かなり興奮しました。 『カーミラ』を題材とした映画ではカール・テオドア・ドライヤーの『吸血鬼』は私のオールタイムベストの中の一本ですし、また別の吸血鬼ものとしてヴェルナー・ヘルツォークの『ノスフェラトゥ』におけるイザベル・アジャーニとクラウス・キンスキーの貧血っぽい青白さのことも、この制作期間中、常に頭の中に浮かんでいました。 舞台は満月の夜に現れる古い屋敷。少女ハイネがその屋敷に迷い込み、ファントムシータ=吸血鬼たちの祝祭に巻き込まれていく過程を通して、恋愛とも依存とも病とも言い切れない名付けがたい感情の揺れを示唆しています。 映像的にはヨーロッパのゴシックやダニエル・シュミットなどのデカダンな空気感を下敷きにしながら、実写とアナログコラージュを組み合わせた質感重視の表現で「病≠恋」という演出を目指しました。その感情はあくまでもノットイコールであり、ここでは分かりやすく「恋が病である」という描き方はしていません。。「愛しているし、惹かれているし、捉えたいけどそうしたくないし、逃げたいし生きたいし死にたいし死にたくもない」というラベリング不能な感情と衰弱し消耗していく身体を同列に描くことでその不明な感情がリアルであることを表現しようとしました。 コラージュについてはグリーンバックでの撮影ではなくヴィンテージ系のプロップなどが多いスタジオで撮影しています。空間と人物の関係性が必要であり、コラージュではそれらの磁場を引っ張ってくることで現実の歪みを出す必要があるため、最近はなるべくグリーンバックで撮影しないようにしています。それらを解体することによって時間と空間のズレによる朦朧とした意識や記憶の描写をしたいと考えていました。コラージュの方法としては撮影した実写フレームをプリントアウトし再レイアウトしながらアニメーションを作っていったり、撮影前にも朦朧とした意識の断片や屋敷、シーンの一部をアナログのコラージュで作っていくところもありました。
豆柴の大群都内某所 a.k.a. MONSTERIDOL 「Shout out to good show!」 LYRiC ViDEO
AnimationArt workExperimental filmMotion graphicsMusic videoMVPaper craft

豆柴の大群都内某所 a.k.a. MONSTERIDOL 「Shout out to good show!」 LYRiC ViDEO

2024
00:02:11
「下ネタ以外ならなんでも自由にやってください。」 というご依頼を頂き、楽曲と詩の世界観、テンション、造形がなるべく異形になるように意識した。 参考にしたのはスティーヴン・キングの『地獄のデビル・トラック』、サム・ペキンパーの『コンボイ』、ケン・ラッセルの『ゴシック』など、見ていて熱っぽくうなされるような作品。 特に巨大なものが猛スピードで走るバカバカしさと、何かしらの限界を突破したりミックスされて異形になってしまうもののイメージを主に表現したかった。 ゴシックの歴史を辿ればキリスト教の死生観から教会のゴシック建築に配置されたガーゴイルなどのモンスターに至るまで、夏と冬のように生と死が繰り返される感覚がある。常に私はアンビバレンツなものの同居に惹かれている。助手席のゾンビは常に生と死のアンビバレンツな状況を体現している。本人は死んでいるが「生身」と書いたTシャツを着ていたり、点滴を打ったりして死を受け入れたくないようだ。 手法としてはいつものコラージュだが、設定した世界観から逸脱しないように作るのは難しい。特にこだわったトラックの造形も正面、斜め、サイドである程度の整合性を保たなければ繋がらない。整合性の無さがコラージュのある種の特性だが、この気持ち悪いバランスの悪さがここ最近の制作の中でも最も刺激的で楽しかった。
The Ravens / 楽園狂想曲 Music Video
AnimationMusic videoMV

The Ravens / 楽園狂想曲 Music Video

2022
00:03:51
テーマを「アジール(聖域・自由領域)としての音楽」と設定。 歌詞にある五線譜(音楽)をアジール(自由領域)と捉えた。 歌詞では音楽そのものが持つ楽しみを気づかせるように呼びかけられており、またそこに身を委ねる事が取るに足らない普通の行為である事を歌われている。更に音楽を楽しむ事に制限があるようにすら錯覚する、昨今(コロナ禍)の情勢に対するアンチテーゼのようにも聞こえた。 しかし実際は音楽自体にそんな制限はない。作者や聴き手にとって常に自由であり不可侵であり聖域であり避難所でもあったりする中で、ただ好奇心をもって音楽を楽しむことの経緯をコラージュと寓意的な物語で表現することを目指した。 " アジールあるいはアサイラム(独: Asyl、仏: asile、英: asylum)は、歴史的・社会的な概念で、「聖域」「自由領域」「避 難所」「無縁所」などとも呼ばれる特殊なエリアのことを意味する。ギリシア語の「ἄσυλον(侵すことのできない、神 聖な場所の意)」を語源とする。具体的には、おおむね「統治権力が及ばない地域」ということになる。" -Wikipedia " 犯罪人や奴隷などが過酷な侵害や報復から免れるために逃げ込んで保護を受ける場所のこと。ギリシア語のasylos (害されない、神聖不可侵の意)に由来する。国家刑罰権がまだ組織的、体系的に確立していなかった前近代では、 ほとんどの社会でみられた制度である。本来この制度は、聖域に入った者に害を加える(復讐( ふくしゅう) する) ことは神を冒涜( ぼうとく) するものという原始宗教観念に基づいていた。古代ギリシアでは、神殿は虐待( ぎゃく たい) を受けた奴隷や犯罪人、債務者を保護する場所とされ、神殿に逃れて神の保護に入った者を取り戻したり、こ れに制裁を加えることは宗教的罪と考えられた。" - コトバンク 今作で意識したのは実写のカットのみでなくモチーフごとのカットを頻繁にすることで領域を曖昧にする事だった。
Creepy Nuts / 堕天 Music Video
AnimationArt workMusic videoMV

Creepy Nuts / 堕天 Music Video

2022
00:02:50
過ちによって出会い始まっていくという、一見ネガティブにも思えるイメージを逆転してポップでポジティブに見せる演出を目指した。 生きていく上で間違いや過ちは誰もが犯すものであり、その時の判断が正しいかそうでないかは周囲の状況やタイミングによる。 実際は何かが起きてそれを飲み込んで把握するまでには時間差がある。その渦中で起きる一見不可解で白黒つけられない状況を過ごすことは多い。そうやって転がるように落ちていきながら「これも人生、しかし惹かれるものがあり、悪いことばかりでもない」というイメージを直接的に歌詞に合わせながら表現。 抗えず没頭する事は正義でも悪でもなく人間のどうしようもない側面であり、それはミスでもあれば欲望でもある。そこからまず「サーカスで空中の技をミスする」画をイメージ。またサーカスというのはツアーであり、その間に芸人同士で泥沼の恋愛沙汰が起きるというようなイメージも若干頭にあった。 また天から地へ落ちるという点とポップミュージック×ヒップホップという事で最初に想起したものはヴェンダースの『ベルリン 天使の詩』、アメリカのポップアートだったのでそれらを参照。 エドワード・ホッパーのナイト・ホークスの引用はタイトルが『夜ふかしする人々』(本作品はTVアニメ「よふかしのうた」のテーマソング)である事に加え、ヴェンダース作品で頻繁に引用されることにも由来する。 他にもポップアート的なシルクスクリーンプリントのイメージやロメール・ベアデンのイメージを参照している。 またCreepy Nutsを知る上でその間口の広さ、特にバラエティ番組での露出なども意識し、ルーレットは「ジャングルTVタモリの法則」、懺悔は「オレたちひょうきん族」をイメージしている。